2017年度研究員受け入れ

発達支援研究所では、発達支援事業関連機関から現場で働く方を研究員として受け入れ、発達支援に関する現場に根差した共同研究を展開していきます。

今回はその第一期として、子どもサポート教室から依頼され、以下の方々が2017年度一般研究員として、承認されました。

   札幌旭ヶ丘校 鈴木領人 指導員

   青森篠田校  鈴木美恵 児発管

   埼玉新越谷校 山中かずみ 指導員

   静岡本部校  佐藤圭美 指導員

   岡山平田校  尾島貴弘 児発管

子どもとお金

 まもなく「子どもとお金:おこづかいの文化発達心理学」という本が発売になります。私と大阪教育大学の高橋登さんの共編著ですが,日中韓越四か国の共同研究者が参加したプロジェクトのひとつのまとめの本になります。

 

ws000002 なんでお小遣いの研究なのか?ということですが,こどもがこの世の中で生きていく力を,どんなふうに獲得していくのだろうか,ということを「お小遣い」というのもを切り口に見てみようとしたわけです。

 共編者の高橋さんは,発達心理学者として障がい児の療育等にも深くかかわり続けてきた方ですが,あるときこんな疑問に出会いました。障がい児がお金を使って買い物ができるようになるというのはどういうことなんだろうか?ということです。

 「障がい児が」というのは,つまり療育の現場では,障がい児のお金の使い方について,どう教えたらいいのかを悩んだり,実際にトラブルが起こりやすかったりする,という現実がそこにあるからです。

 そのことを理解するには,「じゃあ健常児はどうやってお金の使い方を身に着けていくんだろうか?」ということが問題になります。健常児が比較的問題なくこなしていくことを,障がい児どこかでつまづいていると考えられるからです。だから,その発達的な仕組みの理解が必要になる。

 これまでも子どものお金に関する研究はないことはないのですが,だいたいがお金をいくらもらっているか,何に使っているかという実態調査のレベルだったり,発達心理学の中では「お金の働きやしくみを<知識として>どう理解しているか」という面の研究に限られたりしています。しかもその時の「お金」ということについての研究者の理解自体が一面的で,「交換の道具,価値を貯める道具,物の価値を図る道具」というくらいの理解にとどまる。専門的に言えば「経済的道具としての貨幣」という理解にとどまっています。

 けれども実際に生きたお金の使い方の世界はそういうレベルでは収まりません。お金は何とでも交換可能な「魔法の力」を持っていますから,欲望を全開させて使い方を誤ると身を亡ぼす。お金が絡むと人間関係がややこしくなりがちで,使い方を誤ると人間関係が壊れる。ものすごく危険な「道具」なのです。

 だからどこの社会でも,親は子どものお金の使い方にとても神経質になります。ベトナムの親御さんたちは,「薬物の使用」というような深刻な例を出して子どもにお金をあげることについて心配していました。日本の学校の先生はお金の使い方が荒くなると非行につながると心配していました。韓国の親御さんはおごりをちゃんとしないと友達とうまくやっていけないと心配していました。中国の親御さんはお小遣いで学費を払う子どもを自慢していました。

 上手にお金を使うということは,その人の欲望をコントロールすることであり,社会的に適切な使い方をできるようになることであり,それによっていい人間関係を作ること,そして幸せになることにつながらなくてはならないわけです。

 お金の研究を国際比較でやることの意味もここに出てきます。つまり「どういう人間関係を目指して,お金をどんなふうに何に対して使うのか」ということの基本的な考え方が,社会社会,時代時代によってものすごく異なるからなのです。

 子どもは親とのやりとりの中で,そして友達関係の中で,そういう「その人たちにとって大事な生き方」を学ぶ手段として,お小遣いの使い方を学んでいくことになります。それはそれぞれの文化によって異なるのです。

 お金を単に「経済的道具」として理解するだけでは,そういうことが全然見えてきません。そこで私たちはお金を「文化的道具」として理解するという立場をとりました。お金の使い方を身に着けるということは,ですから,「お金という文化的道具を習得する」過程なのです。だから私たちの研究は「文化発達心理学」ということになります。

 障がい児というのは,その社会で求められる道具の文化的使い方の習得にどこかで困難を持っているとされる子どもたちです。それは単に知的な理解の話にとどまりません。人との関係で自分の欲望を上手にコントロールしながら,うまく人間関係を作って生きていくという問題につながる。だから発達支援ということも,そういうトータルな視点で考えていく必要があるわけです。

 お小遣いからそういう問題がいろいろ見えてくることになります。

ママカフェ:当事者の自助グループと「専門家」の役割

 先日,仙台のこどもサポート教室に招かれて,保護者の集まりとして始めたママカフェにファシリテーターとして参加してきました。参加されたのはみなさん発達障がいのお子さんを子育て中のお母さんでした。おなじ困難を抱える当事者の自助グループという感じですね。

 時間も割合短かったので,お一人ずつご自分の子育ての苦労などについて自己紹介を兼ねて順にお話していただきました。中には友達同士声を掛け合って来られた方もありましたが,だいたいはみなさん初めての顔合わせという感じでした。

 

 過去に障がい児通園施設で発達相談をしていた時に,障がい児を抱えて大きな不安を抱え,悩んでいる保護者(特にお母さん)に対して,ある意味で一番支えになるのは,同じ困難を抱えたお母さん同士のつながりではないかと感じたことがあります。

 発達心理学の専門家が療育に携わる場合は,自分が持っている子どもの発達についての一般的な道筋や発達の仕組みに関する知識を利用しながら,子どもに対する支援の仕方について「専門家」として「客観的」にアドバイスを行うことが仕事です。「子どもや保護者の思い」に「寄り添い」ながらアドバイスを行う,ということは基本的な姿勢として大事だとしても,そこから「客観的」な視点を外すことはできません。

 専門家が困難を抱えた子どもや保護者などの「当事者」とは違う役割を果たせるのは,この「客観的」な姿勢を保つということができるからです。それは確かにひとつの長所なのですが,当然その長所がそのまま短所にもなります。

 子どもも保護者も,当事者はその人が抱えた困難を,ずっと一緒に生きていかなければなりません。誰も自分を捨てることはできませんから,その生き方の中に,その人なりの困難は切り離せない形で組み込まれていくことになります。(もちろんいわゆる障がい者でなくても,すべての人がその人なりの困難を抱えて生きている点では同じですが,今は障がいに特有の困難に焦点を当てて考えます)

 専門家もまた自分の私的生活の中では同じ問題を抱える場合もありますが,それがあるから専門家である,ということではありません。ある限られた時間や空間でだけ,専門家はその困難を抱えた当事者と向き合うという仕組みからは離れられません。そこが「家族」という当事者の立場とは決定的に異なる部分です。

 当事者にとって専門家の知識や技術などはもちろん役に立つ部分があるわけで,だからこそわざわざ時間や費用をかけても専門家に援助を求めるわけですが,そこで求められる援助はあくまえも「当事者ではない」という立場からのものに限られるわけです。

 当然,そこで当事者には専門家には解決のしようがない,当事者だからこそ抱える困難が残ります。そこの部分は専門家にはどうやってもてが届かない領域になるわけです。

 まさにその部分について,「同じ困難を抱えたお母さん同士のつながり」あるいは「当事者同士のつながり」が生きてくることになります。

 もちろん,当事者同士と言えども,違う家族同士の場合,相手の困難を自分が引き受けてしまうことはお互いに無理です。相手の抱えた悩みを自分が変わって抱えてあげることはできません。けれども「同じ悩みを抱えている」ということをお互いに確認することだけで,人は支えられることがあるのですね。「ああ,こういうことで悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」と知ることが,人をどれほど支えるかは,経験者ならばよく分かることだと思います。

 

 ママカフェはそんな場の一つになるわけです。実際,その第一回のママカフェに参加されたお母さんたちの感想は,多くが「他のお母さんが同じような問題を抱えている話を聞いて,とても気持ちが支えられた」ということを書きこまれていました。そして終了後も実際に用事のある方を除いてみなさんその場に残り続け,お互いに話を続けていらっしゃいました。

 

 京大の防災研にいる矢守克也さんは,神戸大震災の後,心理学者としてずっと被災者遺族の「自助組織」に関わってこられました。以前日本質的心理学会のシンポジウムで,矢守さんやノンフィクション作家の柳田邦男さんたちがご自分の喪失体験やあるいは喪失体験を持つ遺族の自助組織などでの経験から議論をされる場があり,そこにコメンテーターとして参加させていただいたことがあります。そこで聞いた矢守さんの話がとても印象的でした。

 遺族の皆さんは,なんの前触れもなく,突然に大事な家族を失う,という厳しい喪失の体験をされています。そういう共通の体験をした当事者同士が自助会でお互いの体験を語り合うことでなんとか支えあえる。なぜそういうことが起こるか,というと,ちょっと逆説的ですが,「自分が抱えたこの苦しみは,他人には決してわからない」という思いのゆえだというのです。

 「自分にしかわからない」のだとすれば,どうして語り合うことで支えられるのか,というと,「自分にしかわからない辛い体験を持っている」という点で,お互いに「同じだ」ということを感じる。そこで共感して支えられるというわけです。決して癒えることのない深い思いを,相手が代わりに背負ってくれることはできない。それは自分で抱えていくしかないものです。でもそうやって苦しんでいるのは自分一人ではない,ということを知ることが,支えになる。

 おなじ苦しみを知っているから,そしてそれは自分にしか抱えられないものであることを知っているから,その限界を抱えながら助け合うということも可能になっていく。そこには「自分がこの人を救ってあげる」とか「この人に自分は依存する」というような関係はありません。それぞれが自分の人生に責任をもって生きる中で,相手に共感性をもって,自分ができる範囲のことを手助けしあう可能性がそこから生まれてくるわけです。

 

 この点で,当事者ではない専門家ができることはありません。可能なのは,せいぜいがそのような当事者間のつながりにきっかけを提供し,またお互いに話しやすい雰囲気を作っていき,コミュニケーションを促進するファシリテーターの役割だけです。そしてそういうスタンスが,実は専門的な知識や技能を活かす発達相談も含め,発達支援全体に必要な,当事者に対する専門家の基本的な姿勢になるのではないか,そんなふうに私は考えています。

 

 

 

 

視点を変える

 

 ある記事を見て,早速夏休みの自由研究工作をやってみました。

 左側の写真に写っているのは,ドーム型の屋根ですよね。まんなかは少し角度を変えて撮ったものです。

 右側のは波型の屋根でしょうか。左二つと右側は全然違うものの写真に見えます。

 そこで左側の写真に写っているものを,もう少し角度を大きく変えながら見てみましょう。

 

 

だいぶおかしな雰囲気です。そこでもう一歩。

 

 

ということで,後半少し間を省略しましたが(前後をひっくり返す部分),めでたくドーム型と波型の屋根が一体となってつながりました。

 

 一般的には「だまし絵」と言われるものの立体版です。心理学的には錯視と呼ばれる現象で,人間の知覚の秘密を探る大事な研究領域のひとつです。これは明治大学の杉原厚吉さんの「作品」で,こちらから設計図を手に入れて,みなさんもわりと簡単に作ることができます。

 

 心理学の講義をして,入門的な授業でも一番受講生の興味を引くテーマの一つがこの錯視という現象です。「あたりまえ」と思っていた見方が崩れて,全然違う見方がそこに急に現れてしまう。物理的には全く同じ「ひとつの物」なのに,私たちの体験の世界,つまり心理的には「別のもの」「複数のもの」になってしまう,というのがこの錯視現象の面白さです。

 

 「ドーム型」と「波型」というまったく別のもののはずなのに,それが実は物理的にはひとつのものだと考えられる。理屈からいうと「矛盾した話」ということになりますが,心理学ではその矛盾をこう考えることで解こうとします。とまり「ドーム型」なのではなくて,「ドーム型に見える」,そして「波型」なのではなくて「波型に見える」と考えることです。

 

 物理的にはひとつのものなのに,私たちの体験の世界では二通りに「見える」。どっちの見方が正しいか,という問いは意味がありません。どちらも「正しい見え」なのですから。一見矛盾しているように見えるのは,「見る視点が違っている」ことに気づかないからにすぎません。同じものを違う視点から観れば,違うように見えるという,言ってみればそれだけのことなのです。

 

 じゃあその「見え」ってどうやってなりたつのだろうか。というのが心理学の根本問題の一つになります。錯視を扱う知覚心理学(認知科学)が心理学の王道と言われるのはそのためです。私が学生の頃も,優秀な学生は知覚をやる,というなんとなくの評判がありましたし,実際知覚を専攻した人たちは,「切れ者」が多かったと思います。

 

 なにしろ「常識」にとらわれていてはわからない世界です。一体その常識はどうやって成り立っているのか,ということを,ある意味で常識の「外」に立って,まったく異なった視点から考える力が必要な作業です。

 

 障がいの問題を考えるにも,同じような力が必要になります。よく,言葉の遅れがある子どもについて,「どうしたら言葉が出るようになるでしょうか?」と聞かれます。「どう接したらいいか全然わからない」と困惑する声にもしばしば出会います。なぜ困惑するのでしょうか?

 

 それはその人が「言葉ができるのがあたりまえ」としか考えてこなかったからです。というより,考えることすらなかったはずです。文字や書き言葉は学校で学ぶ必要があるとしても,喃語を学んでできるようになる人はいません。指さし(言葉の力の前提)を手取り足取り教わることもはいません。みんな「いつの間にかできてしまう」。それが「常識」なのです。

 

 療育はそういう「常識」に挑戦する作業です。当たり前と思っていたことが,実は当たり前ではないんだ,とうことに気づくこと。それが療育への入り口です。

 

 「なんでこの子はできないんだろう?」としか考えられないうちはまだまだ狭い常識の枠内でしか考えられていません。もう少し進むと「これができるってどういうことなんだろう?」という問いが始まります。そしてその次には「なんで私はこれができているんだろう?」というところに考えが進み,さらには「私がこれができるってなんて不思議なんだろう?」と思えるようになる。そこまで行くと,本当に療育のことを深く考えることができ始めます。

 

 新たな時代を切り開く創造的な心理学的理論は,どこかそういう「常識に満足しない」視点を持っています。ピアジェ理論の限界は今では明らかですが,しかし彼の議論は本当に天才的で今もきらきらと輝き続けています。それは当たり前を当たり前と考えず,子どもが大人とは違う当たり前の世界を持っていることに気づき,その仕組みを次々に明らかにしていったところにあります。

 

 発達障がい者は多くの場合,「当たり前」の世界に苦しみ続けます。定型発達者が努力せずに普通にこなすことに,うまく対応できないからです。定型の側はなんの苦も無くこなすことですから,なんの悪気もなく相手にそれを要求し続けます。発達障がい者はその障がいを知らないときには,なぜ自分がそれができないのかがわからず,これも「できて当たり前のはず」という思いに苦しめられます。

 

 その結果,たくさんの二次障がいが生まれます。

 

 発達障がいは「治る」という種類のものではなく,だから「治療」や「矯正」という考えではいけないのだ,という理解がようやく一般にも広がってきました。男性には男性特有の傾向があり,女性には女性特有の傾向があり,その傾向を無視して自分を作ることには意味がないように,定型には定型に特有の傾向があり,発達障がい者には発達障がい者に特有の傾向があり,そのことを前提に,それぞれがその傾向を活かした自分を作って生きていかなければならないはずなのです。

 

 それを可能にするためには,やはり「当たり前」の世界をもう一度見つめなおすことがどうしても必要になります。なぜならその当たり前はだいたい定型向けの常識で成り立っていて,発達障がい者には向かないものであることが多いからです。発達障がい者がしばしば嘆く言葉に「空を飛べと言われているようなものだ」というものがあります。定型の「当たり前」は実はしばしばそういう「理不尽(非常識)」な要求なのです。

 

 無自覚にそういう「理不尽」な要求を続けることから,二次障がいが生まれるのだとすれば,ここで違う視点で考えてみる必要が出てきます。

 

 発達障がい児は「これができない」と考えるのではなく,違う個性をもって「違うやりかたをしている」のだという,別の視点から見つめなおしてみること。そこからそれまでとはまた違った可能性の世界がきっと見えてくるはずです。同じ一つのものが別の角度から見ると違って見える。この写真のように。

 

 

 そんなふうに一つのものを多様な視点で眺め,同じものに違う可能性を見るというのが,言ってみれば最も心理学的な,心理学の王道を行く障がい理解ということになるでしょう。

 

(工作のこつ:折り目は角に合わせてきっちりつくりましょう。ちょっとしたズレで見え方が変わってしまいます。見るときは片目で見ましょう。光の当たり方でも微妙に見え方が変わることがあります)

 

2016年08月28日 

国際心理学会

 今年は4年に一度の国際心理学会(ICP2016)が横浜で開催されました。私も共同研究者と二つのシンポジウムを行い,どちらも理論的な問題を担当して話をしてきました。(なお,このシンポジウムは日本質的心理学会交流委員会の企画シンポとして援助をいただきました)

 ひとつは日中韓越の共同研究者で進めてきた「子どもとお金」に関する文化発達心理学的研究に関するシンポで,まもなく東大出版会からそのまとめになる本(「子どもとお金:おこづかいの文化発達心理学」)が出版されます。日中韓越の参加者から発表があった後,ヴィゴツキアンの視点から優れた理論的研究を行って来られ,供述分析でも冤罪事件として有名な足利事件の「自白」を虚偽自白として明らかにした鑑定を行うなど,活躍をつづけられている青山学院大の高木光太郎さんがコメントをしてくださいました。

 私たちはお金を使って社会で生活しているわけですから,この世の中を生きていくにはお金というツールを使いこなす技を身に着けていく必要があります。お金はなんとでも交換可能という魔法の力を持っていますから,現代社会で生きていくには欠かせない道具であるとともに,濫用すれば身の破滅をも生む可能性があり,とても危険なものでもあります。

 そういう強力なパワーを持ったツールをこどもはどうやって身に着けていくのか。共同研究者の高橋登さん(大阪教育大学)は,障がい児に対する金銭教育の在り方を考える中で,この問題につきあたり,私の方は所有意識と行動の発達過程を分析していく中でお小遣い現象の面白さに気づいてお小遣い研究を始め,国内外のいろんな方たちと研究を進めてきました。

 理論的にはお金を単なる経済的ツールではなく,より一般的に文化的ツールとして理解する視点を打ち出し(2007年のケンブリッジ社会文化心理学ハンドブックでその理論的立場を明示し,現在同ハンドブックの第二版にさらにそれを展開した一章を準備しています),経済活動のツールがたんなる経済的な交換のツールではなく,「どのように獲得し,どのように使用するか」をめぐる,とても文化性の強い規範に縛られた,文化的ツールとして私たちの行動を方向づけていること,子どものお金の習得はそのような文化的ツールの獲得過程であることを実証的にも明らかにしてきました。

コメンテーターの一人,東京外国語大学田島充士先生

 もうひとつのシンポは昨年から始めた異文化理解の方法論に関する研究会が母体となって行ったもので,お互いに異質な社会的生き方(文化)を抱えて生きる人間同士が,どうやって自己中心的な視点を超えてお互いの理解を再構築していくのかについての,実践的および理論的研究です。これも高木さんと共同で編集した「ディスコミュニケーションの心理学」(2011東大出版会)で論じた「異質な者同士の相互理解の可能性をどこにみるのか」という問題の延長上にもあります。

障がい者と健常者,とくに発達障がい者と定型発達者のコミュニケーションを「共生」という視点から考える上でも重要な問題だと私は考えており,このシンポもそういう視点をベースに異文化間理解を考えようとしたものです。

 こちらの方ではバフチンなどを参照しながら,異質な視点との出会いの中で新たな認識を生み出す大学の授業実践や理論研究で活躍されている東京外大の田島充士さん,そして文化心理学の領域で著名な理論家であるヴァルシナーさんをコメンテーターにかなり白熱したシンポになりました。小さな会場でしたが後ろにずらっと立ち見が出るほどで,終了後も部屋に残って話を続ける方が多くいました。

 このシンポについてはヴァルシナーさんが重視されて,ご自身が編集をしている学術誌(IPBS)で,私の提示する理論論文をひとつの核にしてそれに対応する実践研究論文などを展開し,さらに他の領域の研究者からもコメント論文を集めた特集号を来年組むことを提案してくださっています。

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 この両者で私が共通して提示した理論的枠組みが拡張された媒介構造(EMS)という概念を使ったものになり,詳しくは拙著「文化とは何か,どこにあるのか」(2015 新曜社)にも書きましたが,本研究所が提供する研修でも,「障がいとは何か」「発達とは何か」「発達支援とは何か」ということを整理して説明するときに便利な道具としてこの概念を使っていて,現場の皆さんからはわかりやすいと言っていただいているものです。今回のシンポでもその説明はわかりやすかったらしく,そこで発表したパワーポイントの資料を授業で使いたいという申し出をフランスの方からいただいたりもしました。その内容についてはおいおいご説明する機会も作れればと思っています。

 また,自閉症スペクトラムに関する医学研究者を中心にしたシンポジウムにも出席してきました。ASDの方たちの視線の動きを分析すると,おとなもこどもも,定型発達者とはかなり異なる独特のパターンを示すことが分かってきているのですが,さらにその動きに明確な文化差も見られるという発表です。また日中間を比較すると,特に絵を見ながらの親子の会話の中で,話題とする対象の視点の転換数などについて極端な差異が見出され,それは親の働きかけ方の特色の違いからよく説明される,というものでした。各国の参加者も大変に興味を示されていました。

 発達障がいとその支援という問題を,「世界的に普遍な共通の生物学的しくみ」だけで考えることには大きな限界があり,個性や文化的文脈などの個別の要素が極めて重要である,というのが本研究所の提供する研修や講演で強調される理論的観点の一つなのですが,おそらく実証的なレベルでも今後さまざまそのような視点の重要性が明らかになっていくだろうと思われます。発達は常に歴史・社会・文化的な現象として進み,また発達の支援も同様な性質を持つものとして展開することは明らかで,単純な医療モデルなどで対応できる範囲を大きく超えたものだということが,医学的研究からもますます明らかになっていくだろうと思われます。

 

Dr. Jaan Valsiner commenting on our presentations

 

2016年07月31日

 

地域で子どもを育てる

 先日,埼玉県の東松山市でずっと発達障がい児者の支援に取り組んでこられたハロークリニックにお邪魔し,これまでの取り組みや支援へのお考えなどを教えていただく機会を持てました。

 

 医療的な対応から福祉まで地域に根差して広く取り組み続けてこられた社会福祉法人で,昴共生社会研究所という研究所まで立ち上げて活動をされてきています。

 

 お話を伺っていてとても刺激的だったのは,「障がい者問題への取り組みは,子どもを施設に囲い込むのではなく,地域の中で支えあって育てていく形を作るべきだ」という理想の下,それまで行っていた通所事業を全面的に廃止して,地域の中に出てサポートの仕組みを作るという活動を続けてこられたということです。

 

 私もかつて関西にいたころ,関西は全国に先駆けて「障がい児を普通級で」という運動が進められたところでもあり,私がつきあっていた自閉症のお子さんも,親御さんの願いで行政と掛け合って普通級在籍を行って来られていました。今でこそインクルージョンとかノーマライゼーションとか,当たり前のように言われるようになりましたし,通級制度や加配の制度など,かなり柔軟なシステムが全国で普通になっています。けれどもその当時はまだそのような動きにはかなり先進的なもので,当然いろいろなところで軋轢も起こり,ほかのお母さんから「こんな子がいると迷惑だ」とクラス会のような場で言われたりということもあったようです。

 

 それにしても通所施設というシステム自体を廃止して地域に入り込んでいこうとされるというのは,大変な決断だっただろうと思いますし,いろいろなご苦労がおありだっただろうと思います。ハロークリニックは周りが木立に囲まれ,周囲は一面の田んぼと農家,という,まるでトトロの世界のような雰囲気の場所にありました。東京から車でたぶん1時間程度の場所ですけれども,ああ,たしかにここには今も人々が支えあって生きる共同体が息づいている,とそんなことを強く感じたものです。そのような共同体の中で障害のある人もない人も,お互いに自分らしく生きていく関係を作り上げられるというのは,ひとつの理想的な生活の形かもしれません。

 

 そういう地域の共同体の中では,学校はそういう共同体を支える核の一つでした。学校の運動会は地域のお祭りのようなもので,地域の人たちが集まって飲んだり食べたりしながら子どもたちを応援し,お祭りを楽しむ。日本の学校は「教育機関」という役割を超えて,地域のつながりにとってかかせないひとつの場を提供し続けて来たことになります。その中に障がい児者もしっかりと位置を持つことの大切さがあります。

 

 それと同時に,障がい児者の生きる世界が劇的に変化していっているというもうひとつの現実も,それとの対比でまたよく見えてくる感じがしました。特に都市部では,学校がそういう地域のセンターとして働くという姿がもうほとんどなくなってきたに等しい状況があります。運動会が地域のお祭りでなくなってから久しくなり,いまでは運動会に地域の人たちがやってきて飲んだり騒いだりするのは「信じられないような非常識」とまで非難されるようにもなってきています。

 

 地域のつながりはどんどん希薄化し,障がいのある子どもを抱えて誰にも相談できずに孤立する親御さんもたくさんいらっしゃいます。もはや助けを求めようにも安心して求められるつながりが見えなくなってしまった方たちがたくさんいます。

 

 そういう現状の中でどうやって改めてお互いの助け合いが可能になる「共生社会」が再生できるのか,というテーマは本当に大きな課題であり続けています。各地に次々に作られていく自助会のような集まりもあり,またネットを通じたコミュニティーも次々に生まれてきています。お金を介した契約関係によって成り立つつながりもある。カウンセリングなどもそういう種類のもので,これもまた地域共同体が失われてきた中で作られてきた新しいつながり方のひとつなのでしょう。

 

 とにかくいろんなつながり方,いろんな新しい共同性の模索が並行して展開し,そのどれか一つに収束するような方向は今の私には見えません。どの行き方にもそれなりの可能性と,そして大きな限界が見えています。障がい児者への支援ということも,それを「共生の模索」という視点から観る限り,進行しつつある世界のドラスティックな変動とまさにリンクしてしまうようなむつかしさを持つ問題だと,ハロークリニックの取り組みを伺って改めて感じたことでした。もちろん,だからこそやりがいのある,創造的な分野の一つであるともいえるわけですが。

 

 

2016年07月25日

二次障がいのこと

 一昨日,北九州市で開かれた講演会で「発達障がいと二次障がいというタイトルで1時間余り話をしてきました。会場にいらした方は保護者のほか,4分の3は発達障がい支援の職に就かれている方であったようです。福岡から車で1時間半ほどかけて参加してくださった方は,二次障がいについてこれまで話を聞く機会がなかったので,今回話が聞けてよかったとおっしゃっていたそうです。

 

 発達障がい児への支援は何を目指すのか,ということを考えた場合,私はそのかなりの部分は「二次障がいをどう減らしていけるか」にその目標がある,と思います。それは以下のような理解に基づいています。

 

(1)発達障がいは「矯正」や「治療」の対象となる「病気」や「欠陥」ではなく,コミュニケーションや自己コントロール,身体や外的な状況についての感じ方などに見られる一種の強い「個性」ととらえる方が,今後の共生的な関係を築きあげていくうえでより優れた姿勢となる。

 

(2)しかしその「個性」の結果,定型発達者との関係調整に独特のむつかしさが生まれざるを得ないが,現状では両者の橋渡しをする有効な関係調整法が十分見出されていないため,定型発達者の作る社会の中では発達障がい児者は著しい不適応を起こす場合が多い。

 

(3)その結果,そのような不適応状況を原因として自己評価の著しい低下,自己否定が起こり,周囲に理解者が得られないような状況の中では自傷・他傷・うつなどの二次的な問題が発生しやすくなり,それがまた社会適応をますますむつかしくする結果,悪循環に落ち込むケースが少なくない。

 

(4)大人になってからの比較的柔軟な社会適応の力が育つかどうかは,定型発達者の場合と同様,子ども時代に柔軟に自らの個性を受け入れられたり固定された経験があるかどうかに大きく左右されるように思われる。子どものころに適切な需要経験が得られない場合,周囲への不信感を育てざるを得なくなり,大人になってからの関係調整がますますむつかしくなりやすい。

 

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 発達障がい者には定型発達者にはない,または弱い,さまざまな才能がみられる場合も少なくなく,進化論的に考えても,一定の割合で発達障がい者が生み出される形で人類が生き延びてきたのには,それなりに十分な意味があることが想像されます。つまり人類が生き延び,ここまで進化したことの中で,発達障がい者の特性が非常に重要な役割を果たした可能性を十分に想定できるのです。実際,現在のIT社会を先導している方たちの中に,発達障がい者であろうと考えられている人が多いことはよく言われることです。

 

 発達障がい者と定型発達者の間に生まれやすい様々な軋轢に対し,どこまで効果的な関係調整法を見つけ出し,お互いの個性を活かしたコラボレーションが生み出されるかは,今後の社会の動向を左右する重要な課題の一つになると考えられますし,そのような関係調整をやりやすくするうえでも,そしてももちろん発達障がい児者が少しでも生きづらさを減らし,自分らしい生き方を獲得していくためにも,子どものころのより適切な対応によって,関係調整力を育てていくことは喫緊の課題であると考えられます。

 

 そして,実は子どもの内から意識的に取り組んでいけば,そのことは必ずしも著しくは困難でない可能性もあります。その点については現在の療育支援の実際等を例に,またおいおい考えていきたいことです。

 

 二次障がいはかなりの部分,軽減または回避される可能性があり,それがさらに定型発達者の社会の柔軟性の増大や発達障がい者の活躍の場の拡大などにもつながっていきうるのだとすれば,まさに「二次障がい」への取り組みは発達障がい児者支援の最大の眼目の一つであると,そう考えられることになります。

2016年07月19日

複雑で簡単なこと

大学院生時代,ミネルヴァ書房の季刊雑誌「発達」の編集長から,幼稚園や保育園での「ちょっと気になる子」について,書いてほしいと依頼されたことがありました。当時は準備がなくて依頼にお応えできませんでしたが,あれが今思うと「発達障がい児」と言われる子の事だったのですね。もう30年も前のことです。

 

助手をしていたころ,アスペルガーあるいは高機能自閉症がだんだんと日本の研究者の中でも問題になり始めていました。LD児についての研究も進められ,大学院生にもボランティアで支援しながら研究をする人も出てきていました。

 

高機能自閉症(サヴァン症候群)の男性を描いたレインマンが公開されたのは1988年。知的には極めて優れていながら,けれどもその独特のコミュニケーションスタイルは,私が知的障がい児通園施設などで身近に接し続けていたカナータイプの子どもたちのふるまいからよく理解できるものでした。ドナ・ウィリアムズさんの「自閉症だったわたしへ」が発表されたのは1992年。それまで謎でしかなかった自閉症の方たちの世界が,自身の言葉で定型発達者にも開かれてきました。以後,重要な当事者本が次々に出てきます。

 

しかし,レインマンはもちろん,おそらくウイリアムズさんも,そのふるまいを見れば誰でもすぐに「障がい」であると気づくと思います。知的にはどれほど有能でも,そのコミュニケーションスタイルや自己コントロールの特徴を見れば,すぐに定型のそれとはまったく異なることに気づきやすいのです。

 

でも「ちょっと気になる子」はそんなにすぐに「この子ははっきり違う」と感じられるものではありませんでした。言葉だってそれなりに発達するし,視線も合うし,基本的なコミュニケーションは問題なくできる。でもなんかちょっとずれるんですね。一昔前なら「変わり者だね」で済んだ人たちです。サザエさんを見て「障がい」の可能性を考えた人は果たしていたでしょうか?オバQ のハカセ君を見て「障がい児」と思った方は当時いるでしょうか?「面白い子」「変わった子」「おしゃまな子」「天然」「不思議君」「偏屈」…………そんな言い方で,なんとなく受け止められてきた人たちでしょう。サザエさんのようにタイプによってはとても魅力的とみられることも少なくありません。

 

一見特に変わったこともなく,でも深く付き合っていくと「あれ?」と不思議に感じることが繰り返され,不幸な場合はお互いの間に誤解が積み重なって関係が悪くなり,問題が深刻化していく。そんな中で定型の社会に生きづらさを感じ,また定型から「困った人間」として排除されがちな方たち。それが「障がい」として認識され,「支援の対象」と考えられる時代になりました。発達障害者支援法ができて,わずか10年あまりです。

 

さて,そういった「発達障がい」というのは,昔からあったのだけれど,研究が進まなかったので気づかれなかっただけなのでしょうか?それとも今の世の中がある特徴を持った人々を「発達障がい」として,特別視するような社会に変化してきた結果でしょうか?

 

現在,発達障がいは脳の機能(働き方の特徴)に原因がある(親の育て方や周囲の環境,脳の大きな構造の違いが直接の原因ではない)という見方が一般的で,脳科学の急速な進展とともに,発達障がいのそれぞれのタイプにしばしば特徴的にみられる脳の活動部位の方よりも次々に発見され,また神経伝達物質といった生理学的レベルでの差異も見出されるようになってきました。その結果,薬物の使用もかなり広範に行われるようになってきています。

 

そう考えると,やはり昔は知識や技術がなかったから,見つからなかっただけなのだ,という見方も説得力が出てきます。

 

ところが一方で,遺伝子研究の中では,「この遺伝子に違うがあれば自閉症になる」といったような,決定的な原因遺伝子はないようだ,関連する遺伝子群がたくさんあって,そんなに機械的に決まるものではない。ということも言われてきているようです。脳研究でも,「他者の動きと,自分の対応する身体の動きのどちらにも同じように反応する」ミラーニューロンが偶然サルで発見されて,それが「他者理解」の神経学的な基盤であると考えられるようになり,自閉症者はそのミラーニューロンに問題がある,というような見方も一時(今でも?)はやりました。でも,問題はそんなに単純なものではないことは,少し丁寧に自閉症スペクトラムのことを見ればすぐにわかります。類人猿から人間の心理現象までについて一世を風靡し,自閉症研究にも巨大な進展をもたらした「心の理論」もまた同じことでしょう。

 

人は困難に出会うと,往々にして「このボタンを押せばすべて解決」というものがほしくなります。私が学生の頃は自閉症が母親の育て方が悪いからだという見方がまだかなり大手を振っていました。どこか単純なところに原因を見つけて,それで解決できると考えたいのが人間の素朴な心理的性格の一つだと思います。ミラーニューロンやセロトニンや心の理論や,そういったものが一面的にもてはやされがちな状況も似たようなものと言えなくもありません。

 

「発達障がい」というのは決して単純な意味で医学的な問題ではないし,神経学的,生理学的なレベルで解明しつくされるものではありません。その多くはコミュニケーションと,そして自己コントロールに関わる部分でさまざまな問題を生み出してそこで生きづらさを抱えていくのですが,この二つの領域は,まさに「他者とのかかわりの中で生きていく」という人間の社会性に本質的にかかわる領域でもあります。

 

そして人間というのは極度に複雑な生き物で,社会性の問題はその複雑さの極といったところがあります。発達障がいはあきらかにそういう複雑性の中に生まれる問題なのです。そういう複雑性を単純な「原因」で切り縮めて理解することは避け,できるだけ柔軟に多面的に発達障がいという問題を考えていくこと,それがこのブログの一つのスタンスになると思います。

 

では複雑な問題だから,訳の分からないむつかしい議論をするしかないのか。というと,実は私はそうも考えていません。もう少し素朴に,「人が人と生きること」という現実的なところに足場を据えながら,ある意味素人っぽく発達障がいを考えてみたいと思います。発達障がいが社会性の問題であり,発達障がい児者への支援が定型発達者とのコミュニケーションの回復の問題でもあるとすれば,「私たちはお互いにどうやって自分と違う人たちとうまく折り合って生きていけるのか」ということを考えることがとても大事なことだと思えるからです。それはむつかしい数式や化学式の世界の話とはちょっと違いますよね。

 

複雑な問題を素朴に,でも単純化はせずにゆっくり考えてみる。それがこのブログのテーマになりそうです。

 

 

2016年07月12日

自己紹介

まずは簡単に自己紹介から。

 

昔から子どもが好きで,大学院生時代は保育室のパートの保父をやったりしていました。私の学んでいた京大の発達心理学は浜田寿美男さんや麻生武さん,あるいは田中昌人さんたちの独創的な研究にも代表されるように,「現場から自分の視点で考える」という伝統があり,私も学生時代から先輩に連れられた障がい児支援の施設などでの発達相談に長くかかわってきました。

 

私は当初ピアジェの一連の実証・理論研究に心酔していましたが,社会性発達の問題を考えると,彼の議論が決定的に限界を持っていることも明らかでした。また浜田さんや麻生さんたちからは,現象学的な視点を見据えつつ「自閉症」の問題,そしてさらに一般的に「人が人を理解し,自分を理解すること」の意味を根底からとらえ返す議論にも大きな影響を受けました。いずれもピアジェでは原理的に解けない問題群です。

 

現在は人の社会文化的な発達とコミュニケーションの基本構造をEMS(拡張された媒介構造)という概念で説明し,分析する議論を研究仲間と展開していますが,それらの基本的な視点はすべて「現場」での子どもとの接触や,障がい児支援をされている現場の先生方との事例検討会での議論を積み重ねる中で培われてきたものです。

 

その後さまざまな研究を経て,80年代からアメリカでも現在文化心理学・社会文化心理学などの言葉で新たな展開を見せている一連の心理学研究に合流する形で,ヴィゴツキー系の議論とも結びつくようになり,個人の内面心理から社会システムまでを一貫して説明する理論展開を試み,その中で改めて「障がいとは?」「支援とは?」をとらえなおしてきています。

 

そのように現場から出発した理論構成であるせいか,EMS概念の中でも重視している「ツール」という文化心理学的な概念で発達支援について研修を行うと,分かりやすいとみなさんに言っていただけます。

 

人は人の中で育ち,人とのつながりを作って歴史的,社会的,文化的に生きる。障がいの問題もその中で見て初めて個別の認知能力などに限定されない,人として生きることのトータルな姿を見ることができます。また激変する社会の中で,まったく新しい生き方が次々に展開していく,そのような未来への視線を保ちつつ,障がいと支援の問題をとらえなおすことが可能になります。

 

現在,発達障がい支援にとって最大の眼目は二次障がいを如何に減らすかということだと思います。また発達障がい問題で有名な医学者の榊原洋一さんも最近強調されていますが,これからの社会を考えると,「障がい」をどう「治療するか」という観点ではなく,お互いにとても異なる「個性」を持った者同士の共生関係をどう作れるか,が大きな課題になっていると切実に感じています。

 

将来的には障がい当事者の方たちと一緒に問題を考え,共生のための新たなツールづくりを共にしていくことができるとよいなと思っています。

 

2016年07月12日