子どもとお金

 まもなく「子どもとお金:おこづかいの文化発達心理学」という本が発売になります。私と大阪教育大学の高橋登さんの共編著ですが,日中韓越四か国の共同研究者が参加したプロジェクトのひとつのまとめの本になります。

 

ws000002 なんでお小遣いの研究なのか?ということですが,こどもがこの世の中で生きていく力を,どんなふうに獲得していくのだろうか,ということを「お小遣い」というのもを切り口に見てみようとしたわけです。

 共編者の高橋さんは,発達心理学者として障がい児の療育等にも深くかかわり続けてきた方ですが,あるときこんな疑問に出会いました。障がい児がお金を使って買い物ができるようになるというのはどういうことなんだろうか?ということです。

 「障がい児が」というのは,つまり療育の現場では,障がい児のお金の使い方について,どう教えたらいいのかを悩んだり,実際にトラブルが起こりやすかったりする,という現実がそこにあるからです。

 そのことを理解するには,「じゃあ健常児はどうやってお金の使い方を身に着けていくんだろうか?」ということが問題になります。健常児が比較的問題なくこなしていくことを,障がい児どこかでつまづいていると考えられるからです。だから,その発達的な仕組みの理解が必要になる。

 これまでも子どものお金に関する研究はないことはないのですが,だいたいがお金をいくらもらっているか,何に使っているかという実態調査のレベルだったり,発達心理学の中では「お金の働きやしくみを<知識として>どう理解しているか」という面の研究に限られたりしています。しかもその時の「お金」ということについての研究者の理解自体が一面的で,「交換の道具,価値を貯める道具,物の価値を図る道具」というくらいの理解にとどまる。専門的に言えば「経済的道具としての貨幣」という理解にとどまっています。

 けれども実際に生きたお金の使い方の世界はそういうレベルでは収まりません。お金は何とでも交換可能な「魔法の力」を持っていますから,欲望を全開させて使い方を誤ると身を亡ぼす。お金が絡むと人間関係がややこしくなりがちで,使い方を誤ると人間関係が壊れる。ものすごく危険な「道具」なのです。

 だからどこの社会でも,親は子どものお金の使い方にとても神経質になります。ベトナムの親御さんたちは,「薬物の使用」というような深刻な例を出して子どもにお金をあげることについて心配していました。日本の学校の先生はお金の使い方が荒くなると非行につながると心配していました。韓国の親御さんはおごりをちゃんとしないと友達とうまくやっていけないと心配していました。中国の親御さんはお小遣いで学費を払う子どもを自慢していました。

 上手にお金を使うということは,その人の欲望をコントロールすることであり,社会的に適切な使い方をできるようになることであり,それによっていい人間関係を作ること,そして幸せになることにつながらなくてはならないわけです。

 お金の研究を国際比較でやることの意味もここに出てきます。つまり「どういう人間関係を目指して,お金をどんなふうに何に対して使うのか」ということの基本的な考え方が,社会社会,時代時代によってものすごく異なるからなのです。

 子どもは親とのやりとりの中で,そして友達関係の中で,そういう「その人たちにとって大事な生き方」を学ぶ手段として,お小遣いの使い方を学んでいくことになります。それはそれぞれの文化によって異なるのです。

 お金を単に「経済的道具」として理解するだけでは,そういうことが全然見えてきません。そこで私たちはお金を「文化的道具」として理解するという立場をとりました。お金の使い方を身に着けるということは,ですから,「お金という文化的道具を習得する」過程なのです。だから私たちの研究は「文化発達心理学」ということになります。

 障がい児というのは,その社会で求められる道具の文化的使い方の習得にどこかで困難を持っているとされる子どもたちです。それは単に知的な理解の話にとどまりません。人との関係で自分の欲望を上手にコントロールしながら,うまく人間関係を作って生きていくという問題につながる。だから発達支援ということも,そういうトータルな視点で考えていく必要があるわけです。

 お小遣いからそういう問題がいろいろ見えてくることになります。

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